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東京地方裁判所 平成元年(刑わ)1651号 判決

③事 件

主文

被告人を懲役一年に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、Eと共謀の上、平成元年五月九日、東京都千代田区〈住所省略〉○○ビル二階のテレホンカード等の買取り販売を業とする株式会社××コイン事務所において、右Eにおいて同社従業員Fに対し、通話可能度数を一九九八度に改ざんした日本電信電話株式会社作成に係る通話可能度数五0度のテレホンカード三00枚を呈示した上、その旨を告げて買取り方を申し込み、もって行使の目的をもって変造有価証券を交付しようとしたが、右Eが警察官に逮捕されたため、その目的を遂げなかったものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は各変造有価証券ごとにいずれも刑法六0条、一六三条二項、一項に該当するところ、右は一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一0条により一罪として犯情の最も重い発行番号二三四00四0二四九二八の変造テレホンカードの交付未遂罪の刑で処断することとし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用してこれを被告人に負担させないこととする。

(弁護人の主張に対する判断)

一  弁護人は、本件テレホンカードが有価証券であること及びそれが変造されたものであることは争わないものの、被告人は変造有価証券交付未遂罪成立の要件である「行使の目的」を欠いていたのであるから無罪である旨主張するので補足して説明する。

二  刑法第二編第一八章が有価証券に対する各罪を定めこれを処罰しているのは、財産上の権利を証券上に表示しその表示した権利の行使・処分に証券の占有を必要とする有価証券というものが、社会内において単なる証明文書に止まらず通貨に近い機能を果たしているからにほかならないからであるが、テレホンカードというものは、カード式電話機を使用し日本電信電話株式会社が設置した電話通信システムを利用して電話サービスを受け得る権利をカード上に表示しその権利の行使・処分にその占有を要するものであるから、正にこれが有価証券に当たることは明らかであるし(なお、テレホンカードの本質は電磁的記録部分にあって、電磁的記録は文書とは別のものと観念されるから、テレホンカードは本来文書の一種であるべき有価証券に当たらないのではないかと考える余地もあるが、電磁的記録のうち文書と同様の作成名義を観念することができないものはさておくとしても、カード面上の表示によりその作成名義が観念し得るテレホンカードにあっては電磁的記録部分もカード面上の表示と一体となって一つの文書を構成するものと考えられるから、これによりテレホンカードの有価証券性が否定されるものではないと解する。)、また、有価証券の変造とは真正に成立した他人名義の有価証券の作成名義以外の本来的部分に権限なく一般人をして真正なものと誤信させる程度の変更を加えることと解せられるところ、本件テレホンカードは真正に発行された利用可能度数五0度のテレホンカードの電磁的記録部分の情報が一九九八度に変更されたもので、一般人をしてカード式電話機に表示された虚偽の利用可能度数が真正なものであると誤信させる可能性があるのであるから変造有価証券に当たるものといい得る。

三1 次に、変造有価証券交付罪における「行使の目的」であるが、この点につき弁護人は「変造テレホンカード交付罪における行使の目的とは、これを真正なものとして人に呈示して譲渡するなどの行為をする目的のみを指し、カード式電話機に挿入して使用する目的は含まれない」と主張するが、その諭拠は、有価証券は本来文書であるから偽変造有価証券の行使が処罰されるのは、文書たる有価証券によって表示された権利の存在・内容の真正さに対する信頼が害されるおそれが生じた場合であり、テレホンカードの場合、これを人に呈示して譲渡するなどして使用する場合には相手方がテレホンカードに表示された権利の存在・内容の真正さを判断するのでその真正さに対する信頼が害されるおそれが生じるけれどもカード式電話機に挿入して使用する場合には電話機はテレホンカードに表示された権利の存在・内容に真正さを判断するものではなく単に裏面の電磁的記録部分の残利用可能度数情報部分のみを識別するにすぎないのでテレホンカードに表示された権利の存在・内容の真正に対する信頼が害されるという問題は生じ得ず、従って、カード式電話機に挿入して使用する行為は偽変造有価証券の行使を処罰する根拠に反するとの点にあるものと考えられる。

2 なるほど一般に偽変造有価証券はそれを人に対して真正なものとして呈示し権利の存在・内容を誤認させて用いられることが多くそのような行為が行使に当たることは言うまでもない。しかし、翻って考えてみれば、それが人に対して真正なものとして用いられることが偽変造有価証券行使罪として処罰されるゆえんは、それが人に対して表示された権利の存在・内容を誤認させる点にあるのではなく、そのように誤認させることによりひいては有価証券に対する社会的信用を失墜させる点にあるのであるから、人に対する使用以外にも有価証券を通常予想され得る用い方で使用した場合にそれが有価証券の社会的信用を失墜させる用い方であるならば、そのような方法の使用もまた偽変造有価証券の行使に該当するものというべきである。ところで、テレホンカードは前記のように日本電信電話株式会社が設置した電話通信システムを利用して電話サービスを受け得る権利を化体した有価証券であるが、その性質上証券を人に対して使用することによりその権利の内容を実現することはできず、権利の内容を実現する唯一の方法はそれをカード式電話機に挿入して使用することであって、このような権利実現の方法と切り離して有価証券たるテレホンカードというものを考えることはできない。権利の実現にあたってこのような方法が採られるテレホンカードにあっては偽変造されたテレホンカードをカード式電話機に挿入して使用することが正にその社会的信用を失墜させる最大の行為であり、従って、テレホンカードを真正なものとして人に譲渡するなどの行為が有価証券の行使に当たるはもとより、それをカード式電話機に挿入して使用することもまたテレホンカードの場合有価証券の行使に該当するものと言わねばならない。また、弁護人主張のように有価証券の行使が、テレホンカードの場合、それを真正なものとして他人に譲渡(権利の処分)する行為のみを指しカード式電話機に挿入して使用する行為(権利の実現)を含まないものとすれば、証券によって表示された電話サービスを受けるという権利の行使(権利の具体的実現)にあたって証券を占有することが何らの意味を持たないこととなる(権利行使の時点で必ずしも証券の占有を要しない記名株券などにおいても権利行使を可能とするため株主名簿に登録する時点で株券の占有を要する。)が、これでは財産上の権利を証券に化体するという有価証券の本質に反することとなり、この点からも弁護人の主張は採用できない。

3 なお、偽変造テレホンカードをカード式電話機に挿入して使用することも行使に当たると解した場合、カードに磁気情報のみを印磁したいわゆる白板カードもまた有価証券と認めざるを得ないのではないかとの論もあろうが、一般人をして外観上真正なものと誤信させる程度の様式を備えるテレホンカードをカード式電話機に挿入して使用するがゆえに有価証券たるテレホンカードの社会的信用を失墜させるのであり、白板カードの場合にはそもそも外観上からして有価証券に当たらず、その社会的信用の失墜といった問題は生じないから論の前提において妥当しないものと考える。

四  さて、それでは具体的に被告人が本件変造テレホンカードを「行使の目的」をもって交付しようとしたものであるか否かにつき検討するに、関係証拠によれば、被告人は本件変造テレホンカード三00枚をテレホンカード等の販売を業とする金券業者のもとに持ち込んで売却しようとしたもので、売却しようとした相手方や売却しようとしたカードの枚数等からすればこのテレホンカードが真正なものとして一般消費者に流通することを十分予想し、かつ、このテレホンカードを購入した消費者がこれをカード式電話機に挿入して使用するであろうことも十分認識していたものと認められるのであり、従って、被告人が行使の目的をもって変造テレホンカードを交付しようとしたことは優にこれを認めることができるものである。

(量刑の理由)

被告人は、安価に仕入れた変造テレホンカード三00枚を金券業者に高く売却することにより不法に多額の利益を得ようとしたもので、このようなテレホンカードが世間に蔓延した場合、テレホンカード及びテレホンカードを用いた電話通信システムに対する社会的信用が著しく毀損されることはもとより、ひいてはプリペイドカード全般に対する社会の信用もまた損われることになり、被告人の刑責には看過し難いものがあると言わざるを得ない。しかしながら、共犯者が金券業者に持ち込んだ時点で通報により駆けつけた警察官に発覚したため本件犯行が未遂に止まり本件テレホンカードが一般に流布されるには至らなかった上、被告人が本件犯行につき反省の態度を示していること等被告人に有利に酌むべき事情も認められるので、これらの事情を総合勘案し、今回は刑の執行を猶予することとした次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官松井 巖)

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